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終点ノスタルジー(4)

著者:迥一十〈はるひと〉(百宴らいたぁ)「また……」
 また笑ってる。そう文句を言おうとしたけれど、私は言葉を濁した。西村の笑顔に気持ちが落ち着いたのは事実で、でもそれを悟られたくなかった。
「ごめんって。同じだったから、つい」
「同じ?」
 彼の言葉は唐突だった。同じって、何が。
「相川は、いつもティッシュとか持ってない」
 聞くんじゃなかった、と私は心底思った。正直言ってかなり恥ずかしい。私は黙って、使ったティッシュをぐしゃぐしゃと丸めた。
「それが、高校の頃と同じで、安心した」
「……安心?」
「うん」
 安心。その言葉に、また涙腺がゆるんだ気がした。でも耐える。ここで耐えないと、きっと駄目になってしまう。
「高校のときも、相川、花粉症のくせにティッシュ持ってなくてさ。俺がいつもあげてたじゃんか」
「そんなの覚えてない」
 わざと憎まれ口で言った。でもそれは逆効果で、西村に「今みたいに、鼻水ずるずるで」とからかわれた。
「何で、それで安心するの」
 何だか、駄々をこねる子供のような言い方になった。もう構わない。今更気にしたって、もう遅い。
「俺さ」
 西村はゆっくりと言葉を紡いだ。
「相川に久しぶりに会って、焦ったんだ。髪の色とか、服装とか、高校の頃と全然違って」
 私ははっとして西村を見た。西村は恥ずかしそうに笑っていた。
「何ていうか、相川と話してるのに、別人といるみたいだった」
「そんなこと」
「でも、同じだったんだよな」
この時の気持ちを、何と言い表せば良いのだろう。ただ胸がぎゅうと締められたようで、悲しいのか嬉しいのか私にはわからなかった。
「変なの」
 私が言うと、西村が「ごめん、変なこと言って」と呟いた。
「違う。そうじゃなくて」
 私は慌てて言い直した。
「西村がそんなこと考えてたなんて変……というか、違和感あって」
「違和感?」
「だって、西村は高校の頃と変わってなくて」
 それで、と言ったところで、言葉が続かなかった。混乱がそのまま言葉になっていった。
「そうじゃなくて、西村は、私みたいに無理しなくても平気そうだから」
 私は、西村にあこがれていたんだ。彼みたいでありたかったんだ。今になってそう認めた。
「無理、してるの?」
 西村が言った。聞き返すな。私は苛立つ思いで「してるよ」と言った。思いの外、その言葉は弱々しく響いた。
「変なの」
 彼の言葉に、何、と聞き返そうとしてやめた。先程の私と同じ言い回しだった。
「でも多分、俺たちって同じこと言ってるよな。一見、違うことだけど」
 無理して変わって、変わることに焦って。それは同じことだった。同じだと、今まで気づけなかったけれど。それは同じ思いだった。
「私たち、変」
 私はぐっと脚に力を入れて、立ち上がった。
「でも、俺たち以外の皆も、きっと一緒だよ」
 そうかもね、と私は幾分軽い気持ちでうなずいた。何も特別なことではなくて、きっと普通のことだ。けれどこの思いを、この一瞬だけでも失ってはならないと思った。
「……ありがとね」
 私は使わなかった残りのティッシュを、西村に返した。くすぐったそうな、いつもの西村の笑顔がそこにあった。

 西村と別れて、私は駅の階段を下りた。自転車置き場のところで、電車の停まる音が聞こえた。私がいつも電車を降りる場所。そして始まっていく場所だった。がたんごとん、再び動く電車の音を聞いてから、私は自転車のペダルを踏んだ。

(おわり)

 

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