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投手の微笑み(中編)

著者:智東 与志文


 足立がプロ野球で辿った道は、典雄が予想していたものとは比べられないほど、過酷で短いものだった。

 最初の年は良かった。足立は身体をプロのそれに改造するためのトレーニングを積み、シーズン終盤には、二軍戦のマウンドに登った。この頃は典雄も、来年は一軍での登板が見られるかもしれない、などと考えていた。

 しかし、二年目の始めに、足立はつまづいた。春先の試合での登板後、肩に痛みを覚え病院へ。症状はかなり悪く、そのまま手術へ。結局、そのシーズンをリハビリのみで過ごした。そして、秋のキャンプで、彼は内野手への転向を命じられた。

 三年目、足立に上がり目がないのは、典雄が贔屓目に見ても明らかだった。試合に出ることも稀なまま、シーズンはあっという間に終了。そして、彼は解雇された。

 足立は、ついに一軍のゲームに出場することができなかったのだ。地元の人々や関係者にとっては、まさか、としか言い様のない結果だった。

 

 足立のその後については、よく知らない。どこかでサラリーマンをしているという話が一番有力だったが、正確な会社名などは耳に入ってこなかった。彼に連絡して聞こうとすれば、それは簡単にできたのだろう。だが、典雄にはできなかった。

 引け目があったのだ。彼が投手を続けることを決定づけたのは、他ならぬ自分だ、そう典雄は考え続けている。当然、そうではない可能性もある。彼は自分で判断を下し、投手としてプロ生活を始めたのかもしれない。そう考える方が自然だという見方もあるだろう。しかし、自分が大きな後押しを加えてしまったのではないか、という想いは消すことができない。感情的には、典雄自身が手を下したも同然なのだ。最初から野手としてスタートしていれば、もしかして……、そんな考えばかりが、いつも典雄の心を霧のように渦巻いていたのである。

 そして、典雄の方も、野球からは遠ざかっていた。足立が解雇された二年後、違う学校への転勤が決まった。移った先で、野球部を受け持つことはなかった。拒否したのだ。自分が面倒を見ていた生徒、それも飛びっきりに優秀だった生徒の人生を狂わせた男に、そんな資格はない。典雄は自分を責め続け、また、空想の中の足立を追い続けた。

 

 そして今、典雄の前には、再び「足立光宏」の名前がある。その名前と、今さら再会するとは思わなかった。しかも、こんなところで。

 それは、新聞記事だった。最近発足した、野球の独立リーグに関する特集記事だ。独立リーグとは、プロ野球とは別に、地方の小都市などで行われている新しい野球リーグを指す。その規模はまだまだ小さいが、最近では独立リーグからプロへと進む選手が登場するなど、徐々に注目を集めはじめていた。

 足立の名前は、記事の最後にあった。

 なお、事務局の青野氏は「元プロ選手からの参加も募りたいと思っている。その第一弾として、足立光宏選手などの入団が決定しています。これを皮切りに、プロ野球とも交流を深めていきたい」と意気込んでいる。

 

「野球……続けていたのか」

 いつの間にか後輩もいなくなり、一人になった休憩室。典雄は、不思議な気持ちを感じていた。それは、生き別れになっていた家族と再会したような気持ちに似ている。懐かしさと戸惑いが、混ざりあっていた。

「今度、観にいってみようかな……足立を」

 典雄が呟いたその時、チャイムが鳴った。

 

 挿絵:美術研究部さん

 

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