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十二月二十四日

立命館ノベリストクラブ

 世間ではクリスマスがどうので騒いでいる日。恋人がいる場合、一年の中でかなり重要な日になる。少なくとも、僕には関係がない。いや、もう一人関係ない人がいた。
  「岡川君、依頼だ」
  先輩は窓の方向を向きながら言った。
  「そこの段ボールを開けてみてくれ」
  「……何ですか、これ」
  僕はそう答えた。
  昼休み、先輩から連絡があり、小さな建物の古い教室に呼び出され、男二人、サンタクロースの格好に着替える。これほど悲しいことはない。
  「行こう、駐輪所に足を置いてある」
  先輩は堂々とサンタクロースの格好で教室から出た。今年度、この謎の学園探偵事務所とやらに入ってから、僕が受け持つ依頼はこんなのばかりだったような気がする。そして、そのすべてをこの先輩と共に遂行した。
  駐輪所につくまでの間、僕は晒しものになっていた。先輩の言う足とは、どこから借りてきたのか、本物のトナカイが五頭。呑気にえさを食べていた。トナカイに取り付けられたソリには車輪が付いていた。
  「さあ、行くぞ。岡川君、後ろに乗りたまえ」
  僕は沢山の白い袋に入った謎の物体と共に、荷台へ乗りこんだ。
  「先輩、どこから用意したんですか。このソリとトナカイ。あと、何ですか、このプレゼント(らしきもの)の量。最後に、依頼の詳細を教えてください。まだ僕、何にも聞いてないのですが」
  先輩は涼しい顔で答えた。
  「トナカイは家の庭から連れてきた。プレゼントと依頼はいずれ分かるだろう、行くぞ」
  すごいことを言っている。多分答える気がないだけだろうが、謎の多い先輩のことなので万が一ということもありうる。先輩はソリを走らせた。何故この人が操縦できるかは分からない。僕は、ソリは歩道を通っていいのか、確か車両と同じ扱いになるのではないかと、そんなことばかり考えていた。法律がどうかはともかく、先輩は堂々と車道を通り、道行く人や子供たちに手を振っていた。僕は通行人に手を振る気もなく、黙っていく先を見守っていた。
――駅前――
  巨大なクリスマスツリーが飾られている。
  「岡川君、荷物を取ってくれ。クリスマスツリーを爆破する」
  僕はこの人が何を言っているのか分からなかった。
  「犯罪じゃないですか」
  「冗談だ」
  だといいのですけどね。
  荷物の中身は、大量の広告だった。
  ○○クラブ、演奏会。サンタクロースの格好で、こんなものを配るのか。
  「なるべく派手にと言われたのでね」
派手どころではない。僕は先輩にやる気なく言った。
  「クリスマス前日に、しかも報酬もたかが知れているのに、何でこんな仕事引き受けたのですか」
  先輩は道路の反対側の、ファーストフード店を指さしながら言った。
  「安い時給であの店内を動き回っている連中と同じってことさ」
  結局、僕たちは日付が変わるまで配り続けた。
  十二月二十五日、珍しく先輩がおでんを奢ってくれた。狭い店内にサンタクロースが二人。傍から見ると奇妙な光景だったが、僕はそんなこと気にしていなかった。残ったのは、僅かな報酬と、結局今年のクリスマスもたいしたことがなかったな、という思いだった。
  「いつになったら僕達、有意義にこの日を迎えることができるのでしょうね」
愚痴を言うつもりもなく、ただ聞き流してほしいだけだったが、先輩は言った。
  「今日は有意義で無かったのかね」
  「少なくとも、家にいた方が良かったかもしれません」
  そうか、と先輩は言った。
  帰り道、先輩の運転するソリで、家に送ってもらっている途中、珍しく先輩が感情の籠ったような声を出した。
  「ほう、岡川君、上を見たまえ」
  見上げると、空一面に流れ星が。そうか、先輩はついに星を落とす魔法を使えるようになったのか、と思ったが、素直に感動することにした。
  「こんな日もあるのですね」
  僕が見たクリスマスの夜空の中で(夜空に注目したことは少ないが)最も美しかった。
  「これでも家で寝ていた方が良かったか」
  先輩は言ったが、そんなはずがない。
  先輩は続けて言った。
  「次は異性と見てみたいがな」
  それには同感だが、たまにはこういうのもいい、と思った。

 

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