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学園探偵事務所 第五話

立命館ノベリストクラブ

 四月の中頃のこと。とある教室の後ろの方にある席に空木が何の気なく座ると、机の隅にただ一言「こんにちは」と書いてあった。彼はその下に「こんにちは」と書き加えた。するとどうだろう。一週間後、書き加えた下に「元気ですか」と書き加えられていた。面白くなってその下に「元気です。君は元気ですか」と空木は書く。
 はたして次の週にも返事があった。「あまり元気ではないです」と。ここで空木は考える。これにはどう答えたものか。自分は相手のことを知らないし、カウンセラーでもない。このような相手に軽率な解答をするのは気が引ける。しかし、好奇心と責任感は人一倍あった。考えた末、答えに辿り着く。彼はその下に書き加える。「相談にのる。要報酬」
 その日の夜。空木は少々後悔していた。見ず知らずの人間に対していきなり報酬を要求するのは間違えていたのではないか。本気で悩んでいるならなおのこと。時間は過ぎゆく。一週間の何と長いことだろう。空木は思う。そこでカレンダーを見る。次の週は、ゴールデンウィークだった。
「私なら断念する。面倒だ。大体落書きもしない」
 電話で相談した先輩、大城はためらいなく言う。しかしその声は期待と嗜虐心を含んでいた。
「だがこれは君が初めてするミッション。学園探偵事務所の名に泥を塗るなよ」
 翌日、空木は普段の生活を送っていた。授業に参加し、いつも通り友人と話し、帰宅する。あくる日も、そのまたあくる日も。彼は無関心であろうとした。しかし無理だった。ゴールデンウィークの前日。全ての授業が終わってから彼はその教室へ向かった。中には誰もいなかった。彼はゆっくりとかの机へと進む。そこには「不要です。ありがとう」の文字が電灯の明かりに照らされていた。
「失敗……したか」
 妙に熱い空気と共に空木の口から言葉が漏れる。もしかしたらこの人と会えば結果は変わっていたかもしれない。任務を失敗するなんて、自分は学園探偵事務所にふさわしくない人間だ。やめてしまおうか。悪い考えが渦を巻く。
 突然電話が鳴る。相手を確認すると、大城だった。
「もしもし」
 空木の声は少し震えていた。自分の失敗を悟られたくない。そんな無意識の努力が彼自身にも分かった。様子に感づいたのか大城は何も答えない。軽い溜息が電話越しに聞こえ、すぐに切られる。同時に教室に人影が現れた。
「何を期待している、君は」
 大城はつかつかと空木に歩み寄る。その姿は空木にとって恐怖でしかなかった。彼はさめざめと泣き始める。口はゴメンナサイの発声練習を自動的に始め、足は急ぎ大城から遠ざかり、もつれる。そんな空木を大城はつかみ、顔を机に向けさせる。そこには空木達の書いた文字の他に返答があった。
「『元気出せ』、『仲のいい二人だな』、『そういうお前も』、『お前も、そして俺も』……。机一つがまるで掲示板だ、こんな机見て笑わない奴がどこにいる」
 大城は笑顔だった。
「案の定、この机の主も面食らって笑っていた。私が確認した。間違いない」
 大城はポケットからハンカチを取り出し、空木の顔をぬぐう。そこでようやく空木が自分を取り戻す。
「じゃあ…この任務は……俺は」
 声が本格的に震えていた。恐怖でなく、嬉しさに。大城は頷く。
「よくやった。だが最後はきちんとしめろ。それでこそメンバーだ」
「はい、先輩」
 空木は叫ぶ。初めて得た自信と共に。
「ファーストミッション、コンプリート」

 

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