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終点ノスタルジー(3)

著者:迥一十〈はるひと〉(百宴らいたぁ) 雨が降っているせいか、駅の中はひんやりとした空気に包まれていた。余計に気が滅入(めい)ると思ったけれど、そんなことはなかった。にじんだ涙が乾いていく。大丈夫、大丈夫。そう自分に言い聞かせた。
 心持ち姿勢を正した時だった。ギャハハ、と響く笑い声。自然とその声を目で追った。高校生の集団が何やら騒ぎ合っていた。
 ぐるり。目が回る。頭の中で、あらゆる声が、回った。奇妙な浮遊感。
「何で」
 意味もなく言葉を吐いた。ひゅ、とのど喉の鳴る音が、駅のトイレに響いた。気付けば私は洗面台の縁につめを立てて、鏡の中の青白い顔を見ていた。ここまでどう来たのかも覚えていなかった。
 気分が悪い。頭の中で駆けめぐるものが何なのか、わからなかった。
 よほど大声で笑っているのか、高校生たちの声がここまで聞こえてきた。別に珍しい光景でもないのに、私は身の縮む思いがした。少し前までは、私もあんなふうに笑っていたのに。
「もう……」
 終わったんだ。私はただ漠然とそう思った。私のなかで一度、何かが終わりを告げていた。ただそれは、カメラのシャッターのように明確なものではなく、気付けば終点まで電車に乗っていたような、そんなものだった。
 私はもう一度、鏡の中の自分に目をやった。染めた髪の色も、ばっちり決めたはずのアイメイクも、まだ少し痛いピアスの穴も、何だか不自然に見えた。ひどい顔だった。そもそも何のためにこんな格好してるんだろう。
 無理をしている、と気付いた。私は無理をしていた。髪の色を染めるだとか、そういうことだけで何かを変えた気分になっていた。
 さみしい。虚(むな)しいと言った方が、今の気分に近かった。さみしさや虚しさ、苛立ちとかいう気持ちがぐるぐる回っていた。
 結局、私がまた電車に乗ったのは、あれから二つ後のやつだった。だから駅に着くころには、すっかり日が暮れていた。
「何でいるの」
 我ながら可愛くない言い方だと思った。西村は困ったように頭をかいている。最近は彼にぞんざいな言葉ばかり使っていた。
「バスに、乗り遅れた」
 西村は、呟くような小さな声で言った。何だか落ち着かない。だって嘘だろうし。私が駅に着くまでに、バスの二、三本は来てるはずだ。
 そうだ。西村はこういう男だ。さりげないつもりの優しさが、見事に目に見える。不器用だと思った。けれどその不器用さに、私はいくらか救われた。
 さみしいと思った。今はこの感情を否定できなかった。西村といるときが一番、この思いを強く感じられた。
 私はまた泣きそうになって、堪えるつもりで鼻をすすったら、ずずっと大きな音が出た。
 少しの間があって、西村がククッと笑った。我慢できなくなったような笑い声。私はだんだん恥ずかしくなってきて、西村をにらんだ。
「悪かったよ。……ほら」
 手渡されたティッシュを、私はハンカチすら持っていなかったから、素直に受け取った。
 くすぐったそうな笑顔。私が好きな、西村の顔。あのころと何も変わっていないようで、でも彼の時は確かに動いているんだと思った。彼はちゃんと、カメラのシャッターを切れたんだ。
 うらやましかった。この思いを気付かれたくなくて、私は思いきり鼻をかんだ。

つづく

 

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