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web RUC/Ritsumeikan University Coop Canpus Communicatuon Magazine

RUC連載小説

学園探偵事務所 第10話

立命館ノベリストクラブ

 十二月には、黒歴史が出来やすい。
By室長(男。精神年齢は一桁。またの名は、「神様」?)。
*
「室長がいない!」「ゴートゥーヘブン!」「普段通りじゃん!」と普段通りの気怠い会話が繰り広げられている学園探偵事務所には、依頼人の影すらもない。
 壁には、その閑居さ伺わせるように、縦線四本、さらにそれを横断する横線一本という不吉なマークが、所狭しと刻まれ、さながら「遭難してしまった挙げ句の果て」のような様相となっている。
 事務所という、ある意味での孤島に取り残された、男女合わせて二桁にいかない低度の―あ、いや程度の―探偵達は、暇を持て余し過ぎて、ゆるやかな狂気に包まれつつあった。
 しかし、そんな閑古鳥な日々も、ついに幕開けを迎えた。
▼依頼人が現れた!
▼どうする? □会話する!
 依頼人は、分厚いコートに黒いサングラス。
 長い金髪が、帽子から溢れていた。ボーイッシュな野球帽を目深にかぶり、顔の半分が見えないほどだ。真っ赤に塗られた口紅が、妙に浮いていた。
 あんなにふざけていた探偵達も、キチッと座り直す。
「どうされましたか?」
 副室長(カッコつけが目に余る)が、依頼人を座らせてから、優雅に尋ねる。
「ここの室長を探しているの……。探してくださいますか?」
 掠れた、か細い声で依頼人が言う。
 探偵達は顔を見合わせ、苦笑い。副室長が問う。
「あの、どうしてですか?」
「理由は訊かないでください。お願いします……!」
 そう言って、依頼人は肩を震わせる。
「うーん……。分かりました! 必ずや、室長を見つけだしてみせましょう!」
 副室長は右の拳を突き上げる。
「レッツ、さぁーち!」
 探偵達は早速、室長を探し始めた。
 室長の携帯電話に呪いのメールを送りまくったり、留守番電話サービス中にドナドナを歌ったり、室長が取っていそうな講義に勝手に出たり、敢えて、敢えて!
 講義を全部無視してずっと探し回ったり、室長の下宿にピンポンダッシュを仕掛けたり、室長の恥ずかしい黒歴史をみんなに言ってまわったりしている内に、何の成果も得られないまま、あっという間に二週間ほどが経ち、また依頼人が事務所にやって来た。
 依頼人の服装は、以前と全く同じだ。
「すいません、何の成果もあげれていないんですよ……」
 副室長が申し訳なさそうに頭を下げると、それに合わせて、他の探偵達も頭を下げる。
「そんな、頭を上げてくださいな」
 依頼人は掠れた声で言う。
 依頼人は、ゆっくり立ち上がる。
「だって。だって……。私が室長なのだからな! ハハハハハ!」
 依頼人改め室長は、帽子を豪快に取り、そして、金髪のかつらも取る。バサッとそれらを投げ捨てる。口紅が、この上なく不気味だ。
「アハハハハ! 騙されてやんの! 俺が依頼人に化けてたんだよ! もっと真面目に活動しろよ! もっと推理しようよ! 推理!」
 一人笑う室長に対して、探偵達の態度は冷淡だ。
 副室長が一歩前に出る。
「室長、みんな依頼人が室長だって気づいてました。なぜなら」副室長は突然上着を脱いだ。「私も室長だからだ!」
 副室長は低い声でそう言うと、体を少し捻り、顔をキッと室長の方に向ける。副室長が、なぜ脱いだのか、それは誰にも分からない。
「いや、私も室長だ」
 室長も、副室長と全く同じようにする。
「そうか、お前もか。騙されたな」
 副室長はそう言うが、表情は全く変わらない。そういうものだ。
「全く気付かなかったな」
 室長は満足そうに、ただし低い声で、そう言った。
「「暇を持て余した、室長達の??」」
「いや、待て。私も室長だ」
 動作が他の探偵達に、次々連鎖する。十連鎖。これは、なかなか難しい。
「いや、私も室長だ」「いや、私も室長だ」「いや、私も室長だ」「いや、私も室長だ」「いや、私も室長だ」「いや、私も室長だ」「いや、私も室長だ」「いや、私も室長だ」「いや、私も室長だ」
 きっと十二月にふさわしい、神々の、おっと、探偵達の、メリークリスマス。

 

学園探偵事務所 第九話

立命館ノベリストクラブ

 

「ねえキミ、ちょっといいかな」
  関西の某県某市の某大学。静まり返った部屋で一人、横になって寝てしまおうかと思った矢先、ちょうど部屋にやって来た室長に声を掛けられた。
「なんですか、室長。またネットゲームのお誘いですか? いくら依頼が全然こなくて暇だからって……」
「違う」
  全力で否定された。
「本当はそうするつもりだったのだけれど、部屋に置いていたパソコンが、いつの間にか壊れてしまっていたので、今日はネットゲームはなしだ」
  毎日ネットゲームが当たり前の室長にとって、パソコンがないのはとてもストレスの溜まることだろう。
「そんなことはさておき、本題に入ろう。……キミ、久々にきた依頼を達成してきてくれたまえ」
  それは約一か月ぶりの依頼だった。依頼がきていることに正直驚き眠気が消えた。
「本当は、この前入った女の子に任せたのだけれど、どうやら彼女は勘違いをしているようなので、キミに任せることにした」
  ちなみにその女の子の名前を僕は知らない。
「で、その依頼というのは?」
  僕は訊ねる。更なる問題は、どんな依頼が来たかということだ。
「えっと、『マックを買ってきてほしい』という依頼」
「……わかりました」
なんだよ、その依頼! と思わずツッコミそうになったけれど、素直に承諾。
「はい、これ」
  室長の手には札が数枚握られていた。それを受け取りポケットに突っ込む。
「何も言わないんだね」
「まあ、言いたいことはあるんですけれど、めんどくさいのでいいです」
「ありがとう。……それに比べて彼女は、『私はパシリですか!』とか、お札を渡そうとしたら『マック買うくらいの金、私が持っていないとでも?』とか言って、挙句の果てには、自腹を切ると言ったので私は感心した。さすが東京出身だ、とね。でもそれから私は驚いたよ。だって彼女の財布には千円札一枚しかなかったもの。足りるかどうか訊いたら足りると言った。『百円マック十個買ってくる』とか言って、さっき出て行った。どっちかって言うとがっかりしたよ」
  たしかにそれは僕でもがっかりする。東京出身なのに。いや、『だから』か。
「で、話を戻しますが、ここらへんだと、どの辺が一番近いですかね?」
  僕はマックを売っている場所を訊ねる。僕はこういうことには疎いのだ。
「んー、そうだな。駅からちょっと離れたショッピングモールに行けば、あるんじゃないかな? もっとも、彼女は駅に向かって行ったけどね」
  やっぱり。でも、あの駅に行ってもマックはないのに。
「それじゃあ、いってきます」
  僕は、自転車でショッピングモールへと駆けていった。

 数時間後、無事にショッピングモールでマックを買うことができた。早速帰って、部屋のドアを開けると、すでに部屋の中は食べ物の匂いで満ち溢れていた。
「頑張って処分してね」
  そこには、椅子に座りながらコーヒーを啜る室長と、マクドで買ってきたものを頑張って食べている女の子の姿があった。
「ただいま」
  僕は買ってきたパソコンを室長に手渡す。室長の依頼したパソコンだ。
「ありがとう。キミなら私の依頼を達成してくれると思っていたよ」
そして早速、室長はパソコンを机の上に置き、起動し始めた。
仕事を終えた僕は、室長にネットゲームに誘われる前に部屋から立ち去ろうと踵を返す。
「帰る前に、彼女が勘違いして買ったマクドの処分を手伝ってあげてくれないかな。もちろん正式な依頼だ。既に彼女から依頼金はもらった。あ、私はダイエット中なのでやらないよ」
依頼なら仕方がないと思いつつ、僕はマクドのハンバーガーを手に取る。
「マックと言ったら、普通これよ!」
  隣で、女の子が文句を言っていた。
「あのさ、ここ関西だよ。だから、これはマックじゃなくてマクドだよ」
  室長が、それを指さして言った。だが目線はパソコンの画面だ。二人が色々と言い合っている間に、僕は残りの全て食べ終えた。
「ミッションコンプリート」

 

立命館ノベリストクラブ

学園探偵事務所に関するお知らせ

 

 学園を暗躍する学生主体の秘密機関「学園探偵事務所」。その存在は、この学園の者なら学生はもちろん、教師、事務員、はては食堂のおばちゃんまで、知らぬ者はいないだろう。ただ、その「実体」について知っている人間は少ないのではないだろうか。
  確かなことは、コンタクトを取れれば、どんな依頼だって請けあってもらえること。しかし、気をつけなければいけないこともある。依頼をするには、それ相応の報酬を支払う義務があるということだ。
  もしも、これを蔑ろにしてしまうと……。

大道御法(だいどう みのり)は、溜息とともに携帯を閉じた。
「おい君、仕事中に携帯を触るとはどういうことかね」
  声をかけてきたのは金城成人(かねしろ しげひと)。大道の今回の依頼者だ。依頼は「彼を支持するサークルを作りあげること」。早い話が、この男のファンクラブの設立ということらしい。
「大丈夫ですよ。魅力たっぷりな広告も配りましたし、依頼完了までもう少しです」
  大道はここ数日で凝り固まってしまった営業スマイルで頷くと、まるでチェーンメールのような、勧誘メールをもう一度送信してみせた。サークル設立には、関心を金城の財力という一点の美徳にだけあてて、他の全てには目をつぶることのできる人間が五人は必要となる。加入承諾者が四人の現在、あとの一人は、宣伝の物量でものをいわせるのが上策だった。
  不意にメールの受信音。
  送信先は以前から興味を示してくれていた女生徒だった。
「……決まりました。後は申請すれば、金城ファンクラブが設立されます」
「うむ、ご苦労」
  そうして颯爽とその場を立ち去ろうとする金城の背中に、大道の冷たい声が届く。
「……失礼、報酬を頂いていませんが」
  大道は、多額の報酬を期待したからこそ、この馬鹿げた依頼を承諾したのだった。
「何だ、もう渡しただろう」
  金城は白痴な顔をむける。
「というと?」
「この僕の役に立てたんだ。最高の報酬じゃないか」
  金城は誇らしげに馬面を緩ませ、その場を悠然と立ち去った。残された大道は、遠のいていく足音に、そっとため息をついた。
「やれやれ」

 翌日、学内新聞に金城賛美のコーナーが追加された。内容は、金城ポエム。金城が密かに書き留めていたポエム集である。
  学校中に張り巡らされた紙面を、金城は必死の形相ではがして回っていた。しかし、何度はがしても、それは、いつのまにか、また張り出されている。
「なんなんだコレは!」
「喜んで頂けましたか?」
  狼狽える金城の後ろ、振って湧いたように大道が佇んでいた。
「いったいどういうことだ! コレをなんとかしてくれたまえ!」
「おや、せっかくのサービスなのにお気に召しませんでしたか。あの報酬に見合うだけのことをしなければと必死だったのですが」
  大道はにこにこと笑い、携帯を取り出した。
「ほら、ロックを解除したブログのURLです。すでにメールでばらまいておきましたが、なんなら全国ネットで流してしまっても構いませんよ?」
「金は望むだけ払う! だからもうやめてくれ!」
 
  学内はそれまでの騒ぎが嘘のような静けさで包まれていた。金城ファンクラブはバッシングにあい解散。金城本人は、キャンパスの違う学部へ転部することになった。
  携帯を弄び、少々膨らんだ財布を鞄へとしまう大道に安達義明が声をかけた。
「大道は、相変わらずだな」
「そうですか?」
「相変わらずの甘さだよ。それはそうと、飯でもいかないか? 何か奢ってくれよ」
「わかりましたよ」
  二人は連れだって食堂へと向かう。歩きながら、大道はのんきな声でつぶやいた。
「ミッションコンプリート。ご馳走様でした」

 

学園探偵事務所 第七話

 

立命館ノベリストクラブ

「事件の状況を振り返ってみようか」
  薄暗い部屋の中、室長は僕を含めた円卓に座る面々を見回しながら話し始めた。
「依頼人はマダム・山田。事件は彼女が買い物に出かけたほんの十分程度に起きたものだ。被害者はマダムの家に住んでいるロゼッタ嬢。彼女の美しい姿に魅せられたものは多く、近所でも評判は良かった。しかし、発見された彼女の身体には無数の切り傷が付けられていて、特に評判の良かった足は見るも無残な状態になっている。せめてもの救いは被害者が重傷を負ったものの、死ななかったという点だけだろうな……」
  そう言って室長はテーブルに置いていた缶コーヒーを一気に飲み干してしまう。
「だが、被害者が死ななかったとはいえ、犯人のやったことは許されない!」
  ダン、と持っていた空き缶をテーブルたたきつける室長。興奮しすぎです。
「幸いなことに、犯人は決定的な証拠を残している。それがこの映像だ!」
  室長が壁を叩くと同時に、スクリーンに映像が流れ始める。そこに映し出されているのは犯行現場の一部始終のはずなのだが、スクリーンの前に仁王立ちしている室長が邪魔でほとんど見えない。
「ホシの名はアシュリー嬢。被害者と同じくマダム邸の同居人だ。彼女が来るまではマダムにかわいがられていたのだが、それも一転。被害者が来たことにマダムと接する時間をとられてしまう。今回の事件はそれが原因で起こったものと推測される。やれやれ、女の嫉妬とは怖いものだ」
  ゆっくりと自分の席に腰を下ろす室長。座ったのはいいが、すでにスクリーンには何も映し出されていなかった。
「ホシについての詳細なデータは資料に記されている通りだ。まずは各々でホシの行きそうな場所、および知り合い関係の調査に当たってほしい。以上だ。何か質問のある者はいるか?」
  そう言って、円卓に座る面々に目を合わせていく室長。室長の説明は完璧だ。それ故に質問などありはしない。だが、それはあくまで説明だけ。それ以外は突っ込みどころ満載だ。しかし、それはこのめんどくさい室長に絡むことになる。それだけは避けたい。だが――
「質問のある者はいないようだな」
  僕以外に質問する気のある者はいない。ここは僕が質問するしかないのか――!
「あのしつ――」
「遅れてごめんなさい」
  ――ちょう、と繋げるつもりの言葉は、突如現れた副室長の声にかき消された。
「む。おや、副・室長ではないか。来るのが遅いぞ。会議はもう終わりだ」
「授業終わりに先生に捕まってしまったのよ。あと副を強調するのは止めなさい。それで、これは何の茶番かしら?」
「ふむ。キミを除いた我が部署の全部員による円卓会議だが何か?」
「山田君を除いた他の部員が全員、等身大人形なのはどうかと思うけれど?」
「大丈夫だ、問題ない」
「あらそう」
  そこは大丈夫じゃないでしょ、副室長。
「ところで、そこにあるのが今回の依頼の資料? ふーん……」
  副室長は手にとった資料をペラペラと捲っていく。その速さは尋常ではない。これで読めているのだから驚きだ。
「……おおよそのことは理解したわ」
  資料を手で叩きながら――
「今回は金魚に嫉妬して家出した子猫を探してくればいいのね」
「うむ、簡潔に且つ分かりやすく言えばその通りだ。さすが副室長。実に美しいまとめ方だ。すばらしい」
「そう思うなら、次回からは簡潔にまとめておきなさい。それじゃ、早速迷子の子猫を探しに行ってくるわ」
  そう言って部室を後にしようと――
「そうそう、山田君」
「あ、はい、なんですか?」
「今回の依頼は貴方のおばあ様のものだけど、ここの部員である貴方にはきっちり働いてもらうわよ?」
  にっこりと優しく微笑む副室長。いつもは無愛想なのに、そんな顔を見せられると、思わずドキッとしてしまう。
「あ、あと、今回の活動はちゃんと日誌に書いておいてね。それじゃ」
  そう言い残し、副室長は行った。
「では私も今日はおいとまするよ」
「いや、室長は後片付けして下さいよ」
  僕の言葉にブーイングする室長。まったく、同じ女性でも副室長とえらい違いだな、この人。
「さてと。さっさとやっちゃいますか」
ふてくされながら片付けをする室長を横目に、僕は活動日誌を開いた。身内からのものだけれど、これが僕の初仕事とも言える依頼だ。今日はそんな記念すべき活動日だ。だからこそ、それ相応なものを書きたい。
「……よし、決めた!」
  真白なページに文字を走らせる。
「今日も平和っと」
  第八支部はいつもと変わらず平和です。

 

学園探偵事務所 第六話

 

立命館ノベリストクラブ

 竹宮ゆゆこはいつも通りの時間に、いつも通りの教室で、いつも通りの席に座っていた。ただいつもと違うのは教室内に、ゆゆこ以外の学生がいないことだった。それもそのはず。今日の講義は休講なのだから。
  では何故ゆゆこは今日この教室へ来たのか。もちろん講義を受けるためではない。ゆゆこは探偵としてある依頼を受けにきたのだ。そして今回の依頼主はこの講義の講師である小坂教授その人だった。
小坂教授は学内新聞でたびたび紹介されているため、彼の事を知っている学生は非常に多い。小坂教授の講義は楽しい、内容が分かりやすい、単位が取りやすいの三拍子をそろえている。そのため、誰もが彼の講義を受講したがっており、彼自身も学生に絶大な人気を誇っていた。
  ゆゆこにはそんな小坂教授が悩みを抱えているようには見えなかった。一体、教授の依頼とは何なのだろう。実はゆゆこはまだ依頼内容は聞かされてなかった。ゆゆこはあることを思い出し、教壇の前に立っている依頼人に向かって尋ねた。
  「先生、もしかして依頼って、私が小テストを受けることですか?」
  実はゆゆこは以前、ある依頼が手間取ったことで、講義に出席できず、小テストを受けられなかったことがあった。それなりの理由があって休んだ場合なら、後日再テストを受けることができたのだが依頼解決のためと言うのはそれなりの理由とは言えなかった。
  しかし、いくら小坂教授と言えど、一人の学生に小テストを受けさせるためだけに休講にするはずが無い。もちろんゆゆこは冗談のつもりだった。だが小坂教授は力の無い笑みを浮かべるとゆゆこの方に近づき、一枚のプリントを渡した。それはまさしく小テストのプリントだった。戸惑うゆゆこを見て、小坂教授は呟いた。
  「探偵というのはなかなか鋭い勘を持っているんだね」
小坂教授はそのまま覇気のない声でなぜこのようなことをするか説明し始めた。
  小坂教授は人に物を教えるのがとても好きだった。そのため、毎回の講義に趣向を凝らし、学生が楽しめ、なおかつ良く理解できるよう努力した。やがて彼の評判は学内中に広まった。それに伴い、彼は増える講義数と学生の期待に悩ませられ始めた。そのうち彼は学部主任や役員など、様々な仕事を任されることになった。年々増えていく仕事量、溜まっていく疲れ、彼にはもう自分の研究をする時間も無かった。仕事の量を減らしてもらえるように頼んだが、聞き入れられることは無かった。もう限界だった。
  そこで、小坂教授はちょっとした不祥事を起こすことにした。一人の学生に小テストを受けさせるために講義を休講にする。しかもその学生がテストを受けなかったのはその日の講義をさぼったため。そのことが他人の知るところとなれば、小坂教授の指導方法には問題ありとされ、様々な役職から外されることになる。もちろん仕事の量も確実に減る。一人の学生のために講義を休講にしたという事実は既に学内新聞発行部に伝えていた。
  つまり、小坂教授は逆マッチポンプをやろうとしていたのだ。
  「おそらく、今度の学内新聞の見出しは『小坂教授の親切すぎる指導法』とかになるんじゃないかな。大丈夫、君の事については何も書かないように頼んでおいたから」
  小坂教授は誰に言うとも無しにそう言った。その表情はとても悲しげだった。ゆゆこはそんな小坂教授を見て、彼を助けたいと思った。教授とは自分の好きなことをできる気楽な職だと思っていたが、そうではなかったらしい。
  「では、先生の本当の目的は仕事量を減らすことですか」
  ゆゆこは尋ねた。小坂教授は無言でうなずく。それを見たゆゆこはそのまま教室を飛び出した。そして事務所のメンバーに急いで連絡を取り、全員で学内新聞発行部に働きかけるように頼んだ。小坂教授のためと聞くと全員快く協力してくれた。小坂教授はやはり人気者だった。
  働きかけの甲斐あってか、後日出された学内新聞の見出しは『小坂教授、過労により講義できず』になった。
  それからまたしばらくたったある日、ゆゆこは午前の講義を終え、食堂に入った。午前の最後の講義は小坂教授の講義だった。小坂教授の講義は以前と変わらず面白く、分かりやすいものだった。変わったところと言えば小坂教授が以前よりもはつらつとしている所だった。仕事量が減ったために小坂教授は時間的余裕が増え、自らの研究も再開できたことをゆゆこは知っていた。
  食堂の空いている席に座り、ゆゆこは入り口で貰った学内新聞を広げる。その一面にはこう書かれていた。
  『小坂教授の新理論、学会を揺るがす』
  「ミッション、コンプリート」
  今日はお昼からデザートも頼もう。ゆゆこはそう思った。

 

学園探偵事務所 第五話

立命館ノベリストクラブ

 四月の中頃のこと。とある教室の後ろの方にある席に空木が何の気なく座ると、机の隅にただ一言「こんにちは」と書いてあった。彼はその下に「こんにちは」と書き加えた。するとどうだろう。一週間後、書き加えた下に「元気ですか」と書き加えられていた。面白くなってその下に「元気です。君は元気ですか」と空木は書く。
 はたして次の週にも返事があった。「あまり元気ではないです」と。ここで空木は考える。これにはどう答えたものか。自分は相手のことを知らないし、カウンセラーでもない。このような相手に軽率な解答をするのは気が引ける。しかし、好奇心と責任感は人一倍あった。考えた末、答えに辿り着く。彼はその下に書き加える。「相談にのる。要報酬」
 その日の夜。空木は少々後悔していた。見ず知らずの人間に対していきなり報酬を要求するのは間違えていたのではないか。本気で悩んでいるならなおのこと。時間は過ぎゆく。一週間の何と長いことだろう。空木は思う。そこでカレンダーを見る。次の週は、ゴールデンウィークだった。
「私なら断念する。面倒だ。大体落書きもしない」
 電話で相談した先輩、大城はためらいなく言う。しかしその声は期待と嗜虐心を含んでいた。
「だがこれは君が初めてするミッション。学園探偵事務所の名に泥を塗るなよ」
 翌日、空木は普段の生活を送っていた。授業に参加し、いつも通り友人と話し、帰宅する。あくる日も、そのまたあくる日も。彼は無関心であろうとした。しかし無理だった。ゴールデンウィークの前日。全ての授業が終わってから彼はその教室へ向かった。中には誰もいなかった。彼はゆっくりとかの机へと進む。そこには「不要です。ありがとう」の文字が電灯の明かりに照らされていた。
「失敗……したか」
 妙に熱い空気と共に空木の口から言葉が漏れる。もしかしたらこの人と会えば結果は変わっていたかもしれない。任務を失敗するなんて、自分は学園探偵事務所にふさわしくない人間だ。やめてしまおうか。悪い考えが渦を巻く。
 突然電話が鳴る。相手を確認すると、大城だった。
「もしもし」
 空木の声は少し震えていた。自分の失敗を悟られたくない。そんな無意識の努力が彼自身にも分かった。様子に感づいたのか大城は何も答えない。軽い溜息が電話越しに聞こえ、すぐに切られる。同時に教室に人影が現れた。
「何を期待している、君は」
 大城はつかつかと空木に歩み寄る。その姿は空木にとって恐怖でしかなかった。彼はさめざめと泣き始める。口はゴメンナサイの発声練習を自動的に始め、足は急ぎ大城から遠ざかり、もつれる。そんな空木を大城はつかみ、顔を机に向けさせる。そこには空木達の書いた文字の他に返答があった。
「『元気出せ』、『仲のいい二人だな』、『そういうお前も』、『お前も、そして俺も』……。机一つがまるで掲示板だ、こんな机見て笑わない奴がどこにいる」
 大城は笑顔だった。
「案の定、この机の主も面食らって笑っていた。私が確認した。間違いない」
 大城はポケットからハンカチを取り出し、空木の顔をぬぐう。そこでようやく空木が自分を取り戻す。
「じゃあ…この任務は……俺は」
 声が本格的に震えていた。恐怖でなく、嬉しさに。大城は頷く。
「よくやった。だが最後はきちんとしめろ。それでこそメンバーだ」
「はい、先輩」
 空木は叫ぶ。初めて得た自信と共に。
「ファーストミッション、コンプリート」

 

学園探偵事務所 第四話

立命館ノベリストクラブ

 賀東庄司は目の前に置かれた紙をうっとうしそうな目で見つめていた。この事務所には(庄司を初めとして)、整理整頓をできる人種がいないらしく、あっという間にモノで溢れかえるのだ。机の上だけでなく、通路や備え付けの棚の上にも隙間なく書類や本が置かれている。足の踏み場がない、という表現でもまだ温い。決まったルートを通らないと、たった八畳の部屋で遭難しかねない。
 「浮かない顔してどうしたんです、室長?」
 庄司以外にこの部屋にいた探偵の一人、竹宮ゆゆこはそんな庄司の様子を見て話しかけた。
 彼女はこの事務所で唯一の女性探偵であり、勤勉にも毎日事務所に顔を出してくれている。ちなみに、今年の春で二回生。庄司は彼女の一つ上の先輩にあたり、年明けにこのサークルでの部長である「室長」に就任したばかり。その彼がゆゆこに、今まで睨んでいた書類を見せながら言った。
 「学生オフィスから、今年度に新入生勧誘できないと廃部にするって連絡が来た」
 「ああ……今でもギリギリの人数ですもんね」
 この大学のサークル設置の必要条件として、「最低二十人の部員の所属」というものがあった。二十人以下になると「サークル」から「同好会」へと格下げされ、活動場所や予算が大幅に下がってしまう。依頼人からの報酬が一つの事件解決で貰えるが微々たるもので、このサークルは大学からの予算を大いに当てにしている。しかし、現在このサークルの所属人数は四回生の卒業で十四人になってしまっていた。その上、先輩らの話によると、毎年、新入部員の勧誘は相当苦労しているようだ。
 そりゃそうだろう、と庄司も思う。我が学園探偵事務所はオープンな部ではない。強いて表現するなら「何でも屋」だが、活動自体も謎過ぎる。所属している探偵もひと癖もふた癖もある奴ばかりで、今ここに庄司とゆゆこの二人しかいないのを見てもわかるが、部室を荷物置き場にし、室長である庄司が割り振った依頼を各自で解決する、という組織構造である。皆、協調性がないというか、能力は高いが社会的には駄目な人間である。
「そんな部に入部したがる変人が六人もいるとは思えないしな」
 ゆゆこに話終えた庄司は頭を抱えた。
「あっ、それなら室長、良い考えが!」
 今まで話を聞いていたゆゆこは、庄司の話をから何か考えを思いついたらしい。庄司の方に向けていた体を自分のデスクのラップトップに向けて、何やら作業をしだした。竹宮ゆゆこは、この事務所のIT探偵である。
「何だ? それ」
 庄司が器用にモノの合間を縫って、ゆゆこのデスクに来ると、そこには見たこともないソフトが彼女のパソコンで開かれていた。文字が読めない。
「これ何? つか、どこの国の字だ?」
「ふふーん、これはですね、とある呪術の教本を手本にした催眠効果のあるポスターを作ることができるソフトだそうです。これを使って部員募集のポスターを張り出しましょう」
「……」
 ゆゆこは普段からネットで情報収集をしているので、時折妙なモノを拾って来るのだった。
「まあ…別にいいか、駄目で元々だし。二百枚くらい印刷してくれ。張っておくから」
「はい。任せてください」
 こうして、背色が水に油を浮かべたような気味の悪いポスターがゆゆこの制作で刷り上がり、大学敷地内に張り出してみた結果は…。

 一週間後、今年度の学園探偵事務所に、百二十人の応募が来た。

「どうですか室長。ミッションコンプリートです」
「できてねぇよ! 効き過ぎだろ! 部室とかどうすんだよ」
 後日談というか、今回のオチ。
 結局、催眠の効果は一次的なものらしく、一週間も経たずに応募者のほとんどが応募を取り消した。
 しかし、今回の騒動で知名度が上がった学園探偵事務所はそもそもの六人の新入部員の獲得に成功した。
 まあ、依頼の割り振りの連絡以外で話すこともないし、新入部員ももれなく社会不適合者ばかりだったが。
「あ、室長。今日は早いですね」
 相変わらず、今日も事務所には庄司とゆゆこの二人のみの話声がしていた。

 

十二月二十四日

立命館ノベリストクラブ

 世間ではクリスマスがどうので騒いでいる日。恋人がいる場合、一年の中でかなり重要な日になる。少なくとも、僕には関係がない。いや、もう一人関係ない人がいた。
  「岡川君、依頼だ」
  先輩は窓の方向を向きながら言った。
  「そこの段ボールを開けてみてくれ」
  「……何ですか、これ」
  僕はそう答えた。
  昼休み、先輩から連絡があり、小さな建物の古い教室に呼び出され、男二人、サンタクロースの格好に着替える。これほど悲しいことはない。
  「行こう、駐輪所に足を置いてある」
  先輩は堂々とサンタクロースの格好で教室から出た。今年度、この謎の学園探偵事務所とやらに入ってから、僕が受け持つ依頼はこんなのばかりだったような気がする。そして、そのすべてをこの先輩と共に遂行した。
  駐輪所につくまでの間、僕は晒しものになっていた。先輩の言う足とは、どこから借りてきたのか、本物のトナカイが五頭。呑気にえさを食べていた。トナカイに取り付けられたソリには車輪が付いていた。
  「さあ、行くぞ。岡川君、後ろに乗りたまえ」
  僕は沢山の白い袋に入った謎の物体と共に、荷台へ乗りこんだ。
  「先輩、どこから用意したんですか。このソリとトナカイ。あと、何ですか、このプレゼント(らしきもの)の量。最後に、依頼の詳細を教えてください。まだ僕、何にも聞いてないのですが」
  先輩は涼しい顔で答えた。
  「トナカイは家の庭から連れてきた。プレゼントと依頼はいずれ分かるだろう、行くぞ」
  すごいことを言っている。多分答える気がないだけだろうが、謎の多い先輩のことなので万が一ということもありうる。先輩はソリを走らせた。何故この人が操縦できるかは分からない。僕は、ソリは歩道を通っていいのか、確か車両と同じ扱いになるのではないかと、そんなことばかり考えていた。法律がどうかはともかく、先輩は堂々と車道を通り、道行く人や子供たちに手を振っていた。僕は通行人に手を振る気もなく、黙っていく先を見守っていた。
――駅前――
  巨大なクリスマスツリーが飾られている。
  「岡川君、荷物を取ってくれ。クリスマスツリーを爆破する」
  僕はこの人が何を言っているのか分からなかった。
  「犯罪じゃないですか」
  「冗談だ」
  だといいのですけどね。
  荷物の中身は、大量の広告だった。
  ○○クラブ、演奏会。サンタクロースの格好で、こんなものを配るのか。
  「なるべく派手にと言われたのでね」
派手どころではない。僕は先輩にやる気なく言った。
  「クリスマス前日に、しかも報酬もたかが知れているのに、何でこんな仕事引き受けたのですか」
  先輩は道路の反対側の、ファーストフード店を指さしながら言った。
  「安い時給であの店内を動き回っている連中と同じってことさ」
  結局、僕たちは日付が変わるまで配り続けた。
  十二月二十五日、珍しく先輩がおでんを奢ってくれた。狭い店内にサンタクロースが二人。傍から見ると奇妙な光景だったが、僕はそんなこと気にしていなかった。残ったのは、僅かな報酬と、結局今年のクリスマスもたいしたことがなかったな、という思いだった。
  「いつになったら僕達、有意義にこの日を迎えることができるのでしょうね」
愚痴を言うつもりもなく、ただ聞き流してほしいだけだったが、先輩は言った。
  「今日は有意義で無かったのかね」
  「少なくとも、家にいた方が良かったかもしれません」
  そうか、と先輩は言った。
  帰り道、先輩の運転するソリで、家に送ってもらっている途中、珍しく先輩が感情の籠ったような声を出した。
  「ほう、岡川君、上を見たまえ」
  見上げると、空一面に流れ星が。そうか、先輩はついに星を落とす魔法を使えるようになったのか、と思ったが、素直に感動することにした。
  「こんな日もあるのですね」
  僕が見たクリスマスの夜空の中で(夜空に注目したことは少ないが)最も美しかった。
  「これでも家で寝ていた方が良かったか」
  先輩は言ったが、そんなはずがない。
  先輩は続けて言った。
  「次は異性と見てみたいがな」
  それには同感だが、たまにはこういうのもいい、と思った。

 

From:学園探偵事務所
Subject:学園探偵事務所に関するお知らせ

立命館ノベリストクラブ

 安達義明は、もう何度目になるかわからないため息をついた。現在彼は、以前講義で使用されていた教室の机を、一つ一つ覗くという作業を続けている。その反対側から、柳木悠ものそのそと同じ作業をやっていた。
 しかし安達と柳木は初対面であり、一緒に忘れ物を探す仲ではない。二人の関係は、探偵と雇い主のそれである。
 内容はといえば、本を探すこと。大切なもので、ずっと家にあったらしいが、外したカバーをつけるときに中身を間違え、大学に持って来てしまい、そしてなくしたというのだ。
 人通りの多い所は既に探したというので、安達は既に使われなくなった教室をしらみ潰しに確認しているのだ。
 では何故安達がため息ばかりついているのかといえば、この柳木、探しているのは表面だけで、プリントの下だとかは探そうとしないのだ。注意はするが、柳木は困った顔で笑うだけである。影も薄いし、奇怪な依頼主であった。
「これだけ探しても見つからないなら、もしかすると誰かが図書館に持っていったのかもしれないな」
「なるほど。なら行ってみましょう」
 そう言って図書館へ行こうとする柳木を、安達は慌てて呼んだ。
「直接図書館で探すより、マルチメディアルームで検索した方が早いだろ」
「あ、あぁ、そうですね。すいません。自分では使えないものですから、つい」
「使えない?」
「ああ、いえ、なんでも」
 言いながらマルチメディアルームに入る。
 安達は仕事上しょっちゅう篭ることがあるので、使い勝手もよくわかっているのだが、柳木は初めてなのか、大量のパソコンに目を丸くして入口で立ち尽くしていた。
 いい加減柳木に色々言うのも面倒になった安達は、さっさと言われていた本を検索する。
 目当ての本は、図書館の三階にあるらしい。
「行くぞ」
「ああ、はい」
 結局最後まで入って来なかった柳木を連れ、安達は足早に図書館へ向かう。
「依頼主の趣味に口をだすわけじゃないけど」
「はい」
「世界の呪い全集は、ないと思う」
「だ、大事なのは中身のほうですから」
 でもカバーがあるってことは買ったんだろ?とは言わなかった。
 検索した場所を見てみると、確かにラベルのない本が一冊混ざっていた。カバーを外すと、本のタイトルが手書きで書かれている。
「友人の、自作の本なんです」
「そうか。じゃあこれで、依頼完了ということで――」
「すいません、追加して良いですか?」
 言葉を遮り、柳木はそう言った。一瞬意味がわからず、言葉を失っている間に、柳木はまくし立てるように言った。
「それを、友人に返して欲しいんです。二階の、机が並んでいる一番奥の窓側にいるはずですから」
 柳木の指差す方向をちらりと見た安達が、何か言おうと柳木の方を振り返ると、そこにはもう誰もいなかった。
「どうなってるんだ、まったく」
 報酬無しの報復をどうしてくれようかと思いながら、安達は言われた場所に向かった。
 指定された場所には、確かに書籍を積み上げた男がいる。
「あの、柳木悠君の友人ですか?」
 言われた男は、やはりというか、怪訝な顔をした。
「はい、そうですが」
「柳木君からこれを預かっています」
 手書きの本を手渡すと、男は表情を失った。顔を青くして、問い掛ける。
「いつですか? これを渡されたのは」
「今日ですけど」
「今日? そんな、まさか」
「どうしたんです」
 男によると、柳木悠という生徒は数ヶ月前に事故に遭い、意識不明の重体なのだという。ヌケたところはあるが、生真面目な良い奴だったのだそうだ。彼は、本を返したい一心で現れた幽霊だったのだろうか。もしかすると、自分が事故に遭ったと気付いていないのかもしれない。だが、彼が幽霊だとすれば、様々な不可解事も納得できた。
 それから数週間。いつものように昼時のマルチメディアルームで席取りをしていた安達のところに、男がやってきた。
「あの、報酬、なんですが、持ち合わせがなくて」
 顔色はすっかり変わっているが、その声には聞き覚えがある。
「あんたの命で充分。ミッションコンプリートだ」
 今日も探偵たちは学園を暗躍する。

 

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